あの頃の、「君の恋」を思い出す度にいつも、僕は甘酸っぱい気分になるよ。
自分自身の恋の思い出、それ以上に。
ねえ、李君。
僕はいつでも君が大好きだったよ。
生きることに一生懸命な君が、とても可愛くてとても眩しかった。
―VOYAGE―
作:じいま(管理人)
あの日は、たしかその秋初めての木枯らしが友枝町に吹いた日だったね。
僕は放課後、何かの鼻歌を歌いながら、ぼくら1年生の教室があるB棟を抜けて土間に出ようとしていた。
講堂に繋がる土間だ。
次の日の朝礼に使うマイクテストのついでに、ひろびろとした講堂で、1曲なにか歌ってやろうなどと目論見ながら歩いていたんだと思う。
昼間はお天気でポカポカしていたのに、夕方になって急に風が冷たくなった。
友枝中学校で過ごした最初の秋は、とても短く、すぐに冬が来た記憶があるよ。
B棟を出るとすぐ、非常階段の上からハクションというかすかな音が聞こえて、あれと思い、登り口に首を突っ込んで上を見たんだ。そして螺旋状になっている鉄の階段を3段登ってみた。耳を澄まし、もう一度上の様子を伺った。すると今度は逆に不自然な静寂が訪れた。
僕は確信し、一番上までカンカンと一気に登っていった。
やっぱり。
4階までの階段を上りきったところに2畳ほどの踊り場があって、その一番隅っこにしかめつらして小さくなっていたのが君だった。
階段といっても校舎の外にくっついているものだから外壁などなくて、風が吹きぬけ寒いだろうに、君はまるで、そうだな、まるで子供が拗ねているような様子で体操座りをしてじっとうつむいていた。
ははあん。
僕はすぐにぴんと来た。
李君、どうしたんだい、と聞くまでもなかった。
君がここでこうしてるってことは、木之本さん絡みで何かあったという事だよね。それ以外考えられない。
怒らせたか悲しませたかガッカリさせたか…ま、どれでも僕には関係ないけどさ。
それにしても、その悶々としていかにも紫色のマイナスオーラが見えてきそうな横顔ったら、ひどい顔してた。男前が台無しだよ。
そう言ってやりたかったけど、僕は黙って、肩からさげていた学校指定のスポーツバッグをおろし、その中から缶詰と缶切を取り出した。
持ち歩いてみるとわかるけど、缶詰って結構重たいんだよね。
それにもかかわらず僕はその頃、常にこのセットをバッグに持ち歩いていた。一度それをみつけた千春ちゃんが、一瞬だけ不思議そうな表情をしただけでそれ以上は何も聞かなかった。まあ彼女は、僕の頓珍漢な行動に慣れているからね、アハハハハ。
今こそ、これが必要な時だ。
僕は慣れた手つきでキコキコと缶を開け、コンビニで貰ったプラスティックのフォークをその中にぶすりと突き立てた。
「はい、どうぞ、李君」
「あ・・・ありがとう」
君はいつものように、素直にその白桃の刺さったフォークを僕から受け取った。
その数ヶ月ほど前、僕のお弁当に入っていた缶詰の白桃。
ちょうど君は向かいの席に座り、僕に何か怒って(何についてかは忘れちゃったけれど)いたね。あんまり機嫌が直らないものだから、君の口にそのお弁当の白桃を試しにぽいと放り込んでみたら、君は、条件反射でもぐもぐと口を動かし飲み込んだ後、しばらくして無言で眼を輝かせたんだよね。
僕はそれを見逃さなかった。
あれ以来、僕はもしもの時に備えてこの白桃を常備することにしたんだよ。
もしもの時って?
もちろん、弱体化した君を攻めたくなった時さ。
あれ、ここは引くところじゃなくて微笑むところだよ。
とにかく君は、のそのそと身を起こしてコンクリートの壁にもたれ、かぷりと白桃に静かに口をつけた。そして。
「・・・言いたい事が、どーーっしても言えない時って、山崎にもあるか?」
なんて遠い眼をして空を仰ぐ。
僕は密かに、身震いしたさ。感動すら覚えた。嬉しくて、笑い声が出そうになるのを歯を食いしばって堪えた。
あの、李君だよ。
いつもクールでポーカーフェイスな李君だよ?
超お上品なお嬢様で有名だった上級生に愛を告白された時に『俺を選ぶなんて、意外と趣味が悪いんですね』とか淡々と言っちゃう李君だよ?!
実家は、香港では名の通った一族らしいじゃない。泣く子も黙る名家の御曹司ってはなし。
その御曹司が、こんなシュンとして捨てられた仔犬みたいな顔して白桃かじって。
君のこんな姿、きっと誰に説明しても信じてくれないと思うよ。
きっと木之本さんも見せたことなかったでしょ。うん。間違いない。
妙な優越感に浸りながらも僕は冷静をとりつくろって、同じように白桃を一口食べた。そして、僕はないよ、ともっともらしい口調で言ってやった。
「李君はね、木之本さんの前で格好つけすぎなのさ」
「そんなことは無いっ」
君は間髪いれずにむっとして僕を見た。語るに落ちている。
「ううん、あるよ。こんなこと言って引かれたらどうしよう〜〜とか、困らせたら可哀想〜〜とか、そういうことばかり考えてるでしょ?」
「そ、それは考えている時もあるが・・・別に格好つけているってわけじゃ!」
「それもかっこつけだよ。結局は自分が玉砕しないように、逃げてるだけだよ。人の気持ちを勝手に想像して、同情して、結論出して、完結して、そういうの日本語でなんて言うか知ってるかい?」
「わからない」
「ひ と り ず も う」
お相撲さんのマネをしたおどけた言い方に、君はさらにムッとした顔をして口をぱくぱくさせたけど、反論はせず、やがてハアと溜息をついた。
「山崎の言うとおりかもな・・・」
ああ――――そうだったよね君はいつも。
僕の言葉が、どんなにフィクションや道化や時に皮肉で塗り固められていても。
全部、丸ごと正面から受け止めてくれたね。
たまにフィクションを見破った時には、美味しすぎるほど大きなリアクションでツッコミもしてくれたしね。
そして、いつだって最後は必ず少しだけはにかんで、「おまえって…すごいな。なんでも分かってるんだな」と僕の顔を見て、心底信用しきった様子で微笑むんだ。
君のその可愛い笑顔をみる度、僕はいつも思っていた。
君と木之本さんは、ベストカップルなんかじゃない。
なるほど一応、両想いなのかもしれない。
だけどね、李君。
「あ・・・おい、遠くで三原がおまえを呼んでる。なにか怒っているみたいだぞ」
「そりゃ大変だ。じゃ僕行くね」
「ああ・・・あ、山崎」
「なに?」
「・・・ありがとう、な。これ」
握った空のフォークを掲げ、そっぽを向いた君の少し赤い横顔。
いいえと答え、僕は手をあげながら背を向け階段を下りた。
僕は小学生のころからずっと君を見てきた。
木之本さんを見ている(時にはストーカーのように)君を、ずっと見てきた。
君の木之本さんへの想いがあまりにも強すぎて、僕はねいつも。
いつも――――切ない気持ちになっていたんだ。
「おっとっと」
最後の階段を3段抜かしで飛び下りたときに、バッグが邪魔になり僕は前につんのめった。
そう。
バランスが悪すぎるんだ、君たち。
体勢をたてなおして数メートル先を見ると、千春ちゃんが、もう土間のところで拳を頭上に構えて僕を待っていた。
「んもう、放課後は新聞部の部室で編集会議があるって言ったでしょう!1年生は先に行って用意しないと先輩に・・・あれ、どうかしたの?」
「なに?」
「微妙〜〜〜に、なんか心配事があるって眼してる」
「あは・・・」
さすがだね、千春ちゃん。マイスウィート。
僕のこの眼から完璧に表情を読み取れるのは千春ちゃんだけだよ。僕は思わずにこっと笑って千春ちゃんの顔を見た。
「ねえ、千春ちゃん。今朝話してたベストカップルの話の続きだけどさ」
「え?ああ、次号に載せるアンケートの話ね。投票では1位だったけど、山崎君は、アンチ『小狼君×さくらちゃん』カップルなんでしょう。それが気になってるの?」
「アンチ・・・っていうわけじゃなくて」
僕は千春ちゃんの肩を抱いて、かわいい耳に口を寄せた。
「・・・単に、本当のベストカップルは、僕たちだよねって言いたかっただけなんだ」
そう囁くと、千春ちゃんは嬉しそうに照れて僕の背中を思いっきり叩いた。
この強烈な痛さが、もはや僕には心地いい。
この呼吸。
適度なさざ波と予定調和。
けっして、嵐のように大きく乱れたり、逆に存在が空気になるほど凪いだりはしない。
ね、僕と千春ちゃんの場合バランスよくつりあっているわけなんだ、いろいろと。
「じゃ〜昨日までに集計したレポートを提出して、先輩たちの意見と最終的な詰めをしようか」
「うん」
と廊下を歩き出したところで、千春ちゃんが急に僕の腕にからめていた手を離した。
「あっ」
「どうかしたの?」
「さくらちゃんに、ポスター貼りのお手伝いをお願いされてたの、忘れてたわ」
「ポスター?」
「うん、美化週間のポスター。後ろの黒板に貼るんだけどすごく大きいのよ」
「じゃあ僕が行ってきてあげるよ。教室だね。千春ちゃんは部室の鍵を持ってるでしょ?先に行ってて」
「わかったわ。お願いね」
他の部員たちが締め出しをくらわないように、千春ちゃんはかけあしで新聞部室へ向かった。
君にはどうでもよい話だろうけど、実はね、裏から手をまわして千春ちゃんを部室の鍵の責任者にしたの、僕なんだ。
なんでかって?
1年生なら誰でもよかったんだけど、千春ちゃんが鍵を持っていたら、色々と便利なことがあるからね。
便利なことってなんだって?
君は知らなくてもいいことだよ、李君。
とにかく、僕は千春ちゃんとは反対方向、木之本さんがいる教室へ向かった。
オレンジ色に染まる教室で、木之本さんはドアに背をむけ窓際で佇んでいた。
僕が教室に入ってきた気配に気付くと、ぱっと振り向いた。
「あれ、山崎君」
「千春ちゃんから頼まれて。ポスター、大きいんだってね」
「そうなの。もう少し小さかったら、ひとりでも出来そうなんだけど」
その時僕は気付いた。
さっきから木之本さんは、なにかを腕に大事そうに抱えているなと思っていたんだけど、それは、教室に置いたままになっていた君の上着だった。
僕の視線に気付いて、木之本さんは、えへへと照れ笑いを浮かべた。
「小狼くん、まだ学校に残ってるんだね」
僕はまたまたピンときてしまった。
わかりやすい。わかりやすすぎるよ君たち。
これじゃ柊沢君に遊ばれて、当然だったよ。
『今日は部活無いなら一緒に帰ろうさくら』
・・・って。どうしてそんな簡単な一文が言えなかったのかい?君は。
もっと難しい英語のセンテンスぺらぺら喋れるくせにね。
息継ぎなしで言えるくらいの短いセリフ、君はこころのなかで何度も練習しただろうにね。
ちゃんと声に出せていたら、木之本さんだって、こんな寂しい教室でひとり君の上着だきしめたりせずにすんだのにね。
おおかた君の事だ、他の友達との約束があるかもしれないとか、もし急な仕事が入ってドタキャンしたら悪いとか、ワルガキ共にからかわれたら可哀相とか、色々考えちゃった挙句、あの場所で悶々としてたんだろうけど。
木之本さんは、山崎君も忙しいのにごめんね〜、と言いながら君の上着をそっと机の上に置いて、代わりに丸めてあったポスターを手にした。
タッタッと教室の後ろに行き、くるくると、小さな背で精一杯両手を伸ばしてそのポスターを広げながら、合図のように僕の顔を見た。
考え事のせいでぼーっとその動きを見守っていた僕もあわててそこに行き、黒板とほぼ同じ大きさのポスターの片側を抑えてやると、木之本さんはテープで四隅を手際よく留めて、嬉しそうにポスターを眺めた。
『美化週間』という文字と、大きな眼のある掃除道具たちの絵が描かれている。
「楽しそうな絵だよね。これ見てると、お掃除やりたくなるよね?」
「そうだね〜あはっあはっ」
と適当に相槌を打ちながら、アタマではまだ別のことを考えていたよ。
だってさ、あきれちゃうよね。木之本さんも気の毒だと思うよ。
1泊旅行しようとかテレビで愛を告白しようとかそういう大げさなことじゃなくって、学校から一緒に帰るって、ただそれだけのことだよ!
それが言えない彼氏ってどうなんだろう。
僕なら余裕で千春ちゃんと手をつないでスキップして校門を一緒に出るよ。
もっとも、その信じられない次元でヘタレている君が、また僕の大好きな一面ではあったんだけれどね。
しかしやれやれ、世話がやけるなあ。
「えーと、もしも李君を探してるなら」
僕は、君の居場所を教えてやろうとした。
すると木之本さんは、僕の言葉を遮っていいのと言った。
「探しているわけじゃないの、ありがと」
と、ニコっと笑って、荷物を置いている席に戻ろうとした。
そうですか、ヘタレな彼氏はもうご不要ですか。
と心の中で冗談を言っていると彼女はピタっと立ち止まり、僕のほうを振り向いた。
そしてもう一度ありがとうと言ったんだ。
「?」
何のお礼かなとクビをひねった僕に、木之本さんはちょっと意外な事を言い始めた。
「小狼くんが弱音とか吐けるのって、山崎君だけみたいだから」
おおジーザス。
花の女神は、君が苦悩していたことなどお見通しのようだよ李君。
まるで、非常階段での僕と君との会話を聞いていたかのような言葉。
いや本当にこう言ったんだって。ウソじゃないよ。
「なんて、わたしがお礼を言うのもヘンなんだけど」こう言って舌を出して笑う木之本さん。
1瞬虚をつかれたけど、木之本さんってそういう鋭いところもあるよね、とすぐに納得したりして。
・・・ただねえ、その苦悩が自分にかかわることだっていう一番重要な部分は華麗にスルーしているみたいなんだよね。
やっぱり木之本さんは、ふんわりだと思い直したよ。
「知ってるかい」
「なに?」
「弱音っていうのはね、実は小さな透明のオバケでね。弱音を吐いた時にその口から出て行って、聞いている相手の人の口にするりと入ってしまうんだよ。すると、その人がどんなにポジティブな人でも、心がどんどんネガティブになっていって、やっぱり弱音を吐かずにいられなくなるんだ。時には、性格まで暗く変えてしまうって話でね」
――――こんなに李君に想われているのに。
その幸運に気づいて無いかのような彼女の鈍感さが少し歯がゆくて、ついこんな意地悪なウソをついてしまった。
けれどオバケ嫌いな筈の木之本さんは、ふふふと笑って、
「それが本当だとしたら、小狼くんは、山崎君に弱音なんか吐かないよー」
ときっぱり言ったんだ。
初めてだったよ、僕が木之本さんにこうも鮮やかにウソを見破られたのは。
邪心が入って、いまいちキレが悪かったからかな。
・・・ああ、そうか。
君に関するウソだけは、彼女には通用しないんだね。
裏を返せば、それほど、君の事をちゃんとよく見てるってことなのかなあ。
僕はひとつコホンと乾いた咳払いをした。
「でもさ。僕だけ特別って、そんなことないさ。ああ見えて、李君は木之本さんにも甘えてる所があると思うよ」
君が聞いていたら、そんなことないっと怒るだろうな〜と思いながら言った。いや逆に、意外とすんなり認めるかな?
木之本さんは、ふるふると残念そうにクビをよこにった。
「でも違うの。わたしじゃないの。小狼君の悩み事とか困ったこととか、そういうの・・・全然聞いたことないもの」
まあそうだろうね。李君は本当にムッツリスケベだもんね。
とは言わずに、無難にこう答えた。
「男子は誰でも、好きな女の子に弱みを見せたくないものだよ〜」
僕の経験上、この『好きな女の子』というフレーズを使うと、たいていの子は、やだそうかな〜とかテレ笑いして、ほとんどの問題は解決してしまうものだ。
しかし木之本さんは違ったよ。
まるで、『好きな女の子』というのが自分のことを言っているとは思いもしていない顔をしてさ。
ただ神妙に君の上着をみつめていた。
「わたしも、山崎君くらい色んなこと知ってたら、もっと頼ってもらえるようになるのかなあ」
・・・おや?テレ笑いどころか低いトーン。
「そんなこと気にしなくていいんだよ。友達と恋人じゃ、役割が違うんだから。恋人にはさ、カッコ良い所だけを見せていたいものだよ」
気遣ってこう答えると、木之本さんは後半の『恋人』部分をまた聞き流した。
「小狼くんっていつも、色々頑張りすぎて大変だと思うのに、どうしてだかわたしにすごく気をつかってて」
「うーん、それはねえ・・・」
だから、あちらは木之本さんにベタ惚れしてるんだから当然のことでね。
「でもね、辛い時には、せめて話だけでもしてみようって気になってもらいたいもの」
と思いつめたような顔で僕を見る。
僕は内心びっくりしていた。
それまで勝手に抱いていた彼女の像が少しずつ崩れていくのを感じていた。
クラス、いや学校中、いや友枝町内の人気者で、小さな時から周囲の好意にぬくぬくと身を浸してきた女の子。
・・・それが『木之本桜』でしょ?
それにしては、あまりにも李君の想い人である自覚が無いんじゃないのかい。
李君、きみ、ちゃんと木之本さんに告白したんだよね?
そんな僕のいまさらな疑問も知らず、木之本さんは、友達といえばと話を続けた。
「小狼くん、香港では、それほど仲良い友達はいなかったって、苺鈴ちゃんが言ってた」
ああ、僕としては、『作らなかった』の間違いだと思っているけどね。
「山崎君と居る時は、小狼くん、なんか力が抜けてるーーって感じがするんだ」
うーん、白桃食べてる時のような顔かな。
「そういうのいいよね。わたしと一緒にいるとね、なんか疲れるみたいで。しょっちゅうため息ついてる」
わかるわかる。惚れ抜いてる子が隣にいるだけで、君は精神的にも身体的にも最高に緊張しちゃうタチなんだよね。
「言いたいことも飲み込んでるって感じなの。わたし、どうすればいいんだろう」
木之本さんへの想いが冷めれば普通に話すようになると思うけど、まあ、天地がひっくり返ってもそれは無いなあ。
「何かわたしに出来ることって無いのかな・・・ね、山崎君。面白いウソってどうやって考えるの?」
いやだから、芸としてのウソを練るにはまず最低3年間は落語の勉強を・・・って、違う。
大きく違う。
果てしなく続く木之本さんのボケに対してどこまで素直に答えて良いものか。いやそれ以前に、何の会話をしているんだ僕たちは。
僕はうーんそうだねーなかなかねーと口ごもりながら彼女に背を向けて、混乱してきた頭をときほぐそうとした。
おかしいぞ。なにか違う。こんなはずじゃない。
すると、トドメとばかりに彼女は最後にとんでもない事を言ったんだ。
「わたしね最近思うんだ。小狼くんが日本に来たのは、山崎君に出逢うためだったんじゃないかなって・・・」
ちゃうやろ!と即座に関西風に本当にツッこみたかったところだ。
けど、言葉だけ聞くと、なんだかガッカリしてるような感じがして、僕はね、これだけでもちゃんとフォローしようとして木之本さんの顔を見たんだ。
そんなことない李君は木之本さんが唯一の目的で遠い海の向こうからツバメのように友枝町に舞い戻ってきたんだよってね。実際そうでしょ?
でもそんなお節介はいらなかった。
僕・・・ちょっとね。うーん、あのさ。
知っての通り、こういう性格だから、日ごろからあまり驚いたりショックとか受けない性質なんだけどね。
そう言ったときの木之本さんの顔は、きっと一生忘れられないと思う。
君は、多分想像もできないだろうね。李君。
その時の木之本さんが、どんなに優しい顔で君の上着を抱きしめていたか。
李君の幸せが、私の一番の幸せなことなんだーって顔して。
おかしいよね。
この僕に出逢えたことが君の大きな幸運だ、って信じてるみたいなんだよ。
しばらくの間、無言で眼を閉じて、顔をうずめるように君の上着を両手で抱いていたよ。
まるで何かを祈ってるようにも見えた。
僕もただ呆然とその様子を見詰めていた。
そのうち、僕の居ない所で千春ちゃんもこんなこと思ってこんな顔してくれるんだろうかなんて思うと、柄にもなく急に切なくなったりしてさ。
喉がしめつけられ、それを振り払うために妙に高いトーンで言った。
「李君がさ!それを聞いたら、全力で否定するんじゃないかな。『なんで俺が、こいつのためにわざわざ海を渡らなきゃいけないんだ』・・・とかね」
僕のやった、君のモノマネがうけたらしく、木之本さんはあははと楽しそうに笑った。でもすぐに笑うのをやめて、だけど、と呟いた。
「―――だけど、本当にそうだったらいいなと思ってるんだよ」
「え?李君の本命が僕でもいいってことかい?」
半分茶化して言うと、木之本さんは笑顔で頷いた。
「小狼くんが好きだって思えるヒトやモノが、ひとつでも多いほうがわたしも嬉しいし…」
白桃に出逢うために日本に来た、っていうのもありだよね。
なんて、さらっと爆弾発言も口にしたりするからつい絶句しちゃってさ。
そうだよ、バレてたよ。え?今まで知らなかったのかい?ご愁傷様。
君の上着を丁寧に折りたたみ直している木之本さんを見ながら、僕はやっとわかった気がした。
ずっと君たちカップルに感じていた違和感。
それは、ただの僕の思い込みだった。
なんだか、腹がたつなあ。
てっきり君の片思いかと決めつけ、重たい缶詰まで持ち歩いていたのに、そんな心配ちっともいらなかった。
君の大きな想いと同じくらい、いやそれをまるごと包めるくらい、木之本さんも君の事ちゃんと想っているんじゃないか。
木之本さんが鈍感なのは、君への気持ちが薄いからじゃなくて、むしろイッパイイッパイになってるからなんだって。
ショックだったなあ。僕これでも人間観察力には自信があったんだよ。
その力のお陰で、後に生徒会長にのし上がることが出来たといっても過言ではないくらい。
この日のことが無ければ、ずっと木之本さんを誤解したままだったなんて、プライドがズタズタさ。
木之本さんは愛されキャラだと思っていた。でも逆だったよ。
李君、キミはね。
残念ながら木之本さんを守るために日本に来たんじゃないみたいだよ。
彼女に愛され抱きしめられるために、ここにいる。
「・・・うらやましいな、山崎君が」
最後までボケながら、木之本さんは優しく笑って溜息をつき、君の上着を持っていけとでも言うように僕に差し出そうとして、ふとその手が止まった。
「ど、どうしたの?山崎君」
「僕がどうかした?」
「うん・・・眼が開いてる」
そう言われて初めて気付いたんだ。
僕は、僕は、じわじわと感動していた。
実際その時、真剣にとても感動していた。
そして、鍵、と思った。
白状すると、千春ちゃんに部室の鍵を持たせて、なんてさっき得意げに言ったけれど、実は「そんな」こと、一度もしたことはなかったんだ。
本当のヘタレでチキンなのは、実は僕だったという訳さ。
言い訳するつもりじゃないけど、わかるかい?
「幼馴染」という甘くてきつい鎖。
築けば築くほど、高くもろくなっていっていた、僕たちの関係性。
だけど、だけどさ。
上手に言えないけど、君の情け無いしょげ顔と、木之本さんのさっきの表情を思い浮かべるうちに、急に勇気が沸いてきたんだよ。
なにか、僕らしくないことをやってみてもいいんじゃないか、「恋のバランス」なんてただの僕の妄想で、案外崩してみても大丈夫じゃないかって――――
僕はそのとき、木之本さんにちゃんとさよならと挨拶したかどうかも覚えていない。
とにかく、さっき別れたばかりの千春ちゃんに猛烈に逢いたくなって、廊下を走ってしまっていたよ。
後にも先にも、廊下を走るなんてこと、このときだけだったなあ。
その後、まだ部室で一人きりだった千春ちゃんと・・・おっとここまで暴露サービスしなくてもいいよね。
おや、今年もそろそろこの友枝町の桜が満開になりそうだよ。
今でも眼を閉じるとその姿がまぶたの裏に鮮やかに浮かぶよ。
君がぷんすか怒って僕になにか文句を言っている。
あの日以来密かに、君たちカップルのアンチから一転して応援団にまわってしまった僕。
あの頃、君や木之本さんに対して、僕がお互いの情報をちょこまか漏らしてチョッカイ出していたこと、今でも「お節介」だと思っているかい?
「かきまわして楽しんでいる」と怒ったままかい?
それでもいいよ、三分の一・・・いや、半分は正解かな。あはは。
でもね、遠いこの日の本当に何気ない出来事を、いつか君に伝えなくちゃなあと思っていたよ。
いつか・・・そうだね、伝えるなら、今日この日かなと心に決めていたよ。
今日という日に、わざわざ彼女の誕生日を選んだのが君らしいよね。
きっといまごろ、木之本さんは美しい涙をその眼にたたえているんだろうね。
君は隣で、その涙を優しく拭ってあげていることだろう。
もちろん手袋を外してね。
わかってるかい、李君。
木之本さんをそれ以上幸せにしてあげようなんて、思わなくていいのさ。
君はいい加減もうそろそろ、自信を持って良い頃だ。
僕は知っているよ。
木之本さんが本当に幸せになれる魔法。
彼女がふと立ち止まって振り向いた時、ただそこに君がいてあげればいいんだよ。
彼女が幸せなら君も幸せで、君が幸せなら彼女もやっぱり幸せで…。エンドレス。
ね、魔法でしょ?
その両手に強大な力を持っているようでいて、
実は可愛い手ひとつを握り締めるので精一杯な君へ。
これが僕からの贈る言葉だよ。
どうか忘れないで。
ほら幸せなふたりには、笑顔が一番良く似合う。
おしまい★
作者名:じいま(管理人)
サイトURL:ZEEMANIA
作者様のコメント:
あ〜・・・やっぱり難しかった><
小話書きとして一度は挑戦してみたい「二人称」・・・見事玉砕でしょうか(^_^;)
テーマとしては、さくらちゃんの愛の深さを。一応さくらちゃん賛歌のつもりです。
あと、密かに白桃好きな李君が書きたくて(笑)
SSでなくTSだし、ほとんど心理描写で、読み手の方にはおそらく酷く退屈な小話となってしまいましたが・・・
新しいことをやってみたかった私的には満足です;;
BGMは「VOYAGE/浜崎あゆみ」でお届けしました♪
さくらちゃん、お誕生日おめでとう!