―最強少女―


作:じいま(管理人)


放課後の会議室。

机は全て壁際に片付けられ、椅子だけがぐるりと円状に並べられている。

新学期が始まって間もない今日、小狼と上級生たち20人ほどがその部屋に集まっていた。

それぞれ各部活動クラブの代表者だ。
といっても、運動部のみで文科系のクラブ関係者はいない。
今日はこの会議室で、グラウンド・武道場・競技場の使用権についての話し合いが行われる予定だった。

「そろそろ全員集まった感じですか」
「そうだね。じゃああとは頼むよ、李君」

生徒会長である眼鏡をかけた上級生は、小狼の肩をぽんと叩いてから、自分は入り口横に置いた椅子へと下がった。

「さてと・・・」

小狼は、会議に参加する運動部一覧表と、グラウンドの見取り図、そして罫線の引かれた表などの書類をもう一度確認して、膝の上でそれをトントンとそろえた。

友枝中学では、顧問教師ではなく、生徒たち自身が話し合ってグラウンドの使用場所や時間帯を決めることになっているのだ。
毎年このグラウンド使用権をめぐって、各部が壮絶な争いを繰り広げる。もともと血の気の多い体育会系のノリも手伝って、すったもんだ揉めたあげく、その日に決まらないこともままあった。
その事態を回避すべく、今期の生徒会当局はスーパーオブザーバーとして、小狼を召還したのだ。

小狼は、正規にはどこの部にも所属していない。
それ故に公平な立場で議事進行ができるし、どの運動部も大なり小なり小狼の力を借りた事があり、下級生とはいえ、小狼の言葉にはそれなりの影響力があった。
何よりも、もうひとつ大きな理由があった。
たとえ自分より年上の者であっても、力に任せて己の利権を貫こうとする者達を黙らせまとめる術を、小狼は持っていたのだ。
李家でしていることに比べたら、この人たちをまとめることなど造作も無い。
小狼は長机をとり囲んでいる自分よりひとつかふたつだけ年上の少年少女たちの顔を眺めた。
そして静かに口を開いた。

「それでは、上半期のグラウンド等使用権についての会議を始めます。その前に・・・」

小狼は、そこで一旦切り、小さく息を吐いた。

「部外者は出て行ってもらうようにお願いします」

と言ってから、ナナメ前45度をキッと見た。
そこには、眼を輝かせ、やるきまんまんで会議の席についている少女がいた。

「チアリーディング部は、この会議には呼んでませんから」

やや強い調子で小狼からそう言われ、初めてさくらは自分に出て行くようにいわれているのだと気付いた。
しかしある程度予測していたようで、すぐに眉を寄せて反論した。

「で、でも、チア部も一応運動部ですっ」

「チア部は、体育館横の階段を永久的に使えることになっているから、話し合いは必要ないでしょう」

「あそこは日陰で冬は寒いし、部活動中の運動部が見えなくて寂しいから、私たちもグラウンドを使わせてもらいたいの」

さくらは拳をにぎって、一生懸命反論した。
小狼はそれをさらりとかわした。

「贅沢な。あの広い場所を独占できるんだ、文句ないだろう」

アタマを押さえつけるような物言いに、さくらは負けまいと腰を浮かした。

「贅沢じゃないもんっ。そりゃあ練習はしやすいけど・・・でもでも、サッカーや野球やラグビーとかしてるところを見ながらのほうが、練習にも熱が入るんじゃないかって皆で話し合ったんだもん」

実際、さくらはチア部の上級生の命を受けてこの場にもぐりこんだのだった。
スーパーオブザーバーが小狼だという情報を得てから、さくらだったらなんとかチア部の主張を通してもらえるんじゃないかという淡い期待を抱いていたが、それは逆効果だということにチア部の上級生は気付いてなかった。

「とにかく、ダメなものは駄目だ。なにが、寂しいから、だ」

小狼は冷たく言放った。
実は内心、とても焦っていた。
この場でさくらと長く討論するのは危険だと考えていた。
なぜなら、そろそろ・・・


「おい、李。いいだろう?せっかく木之本さんが部の代表として来たんだ」
「たしかに、実際の部活動してるところの横の方が、実践練習にもなるしな。なあ?」
「おお、そうだよなあ」


ほらやっぱりだ。

小狼は、コメカミを密かにピクピクと動かした。

チア部の練習を少しだけ見たことある小狼は、その動きに度肝を抜かれた。
スコートというものを履いているらしいが、大きく開脚したり、前にかがんだり飛び跳ねたり、時には試合用の衣装と言ってやたら露出度の高いユニフォームを着ていたりする。

ニヤニヤしながら「李は、厳しすぎるよなあ、ねえ木之本さん」などとさくらに話しかけている上級生に向かって、小狼は心の中で悪態をついた。

あんたたちは、単にさくらの練習風景が見たいだけだろーが。

「こんなに一生懸命なんだぞ」
「どーすんだ?」
「いいんだろう、チア部も参加して」

案の定、だんだんさくらに同調する声が増えてきた。
これはまずい。
その上級生たちの下心ミエミエな顔。
断固さくらの会議参加は阻止しなければ。
多数決で、チア部の練習場所移動にでもなったら、俺の身が心臓が持たない。

「ドアはあっちだぞ。俺が開けてやりましょうか?」

怒鳴ってこそいないが、強い拒絶を持って、かなりピリピリした声を小狼は出した。

それを聞いて、さくらもさすがにむっとした。

チア部がこの会議に召集されなかった理由はよくわかっている。むしろ優遇されているのだということも。
でもグラウンドのど真ん中を使用させてくれと言っている訳じゃないのに。
しかも、そういう主張をするチャンスさえ与えてもらえないなんて。

敵は、そっぽを向いてさくらとは視線を合わせようとしない。
小狼がわざと印便無礼な敬語を使ってきたところも、だんだんカンに触りはじめた。
さくらはぎゅっと唇を噛んだ。

「・・・わかりました。じゃあ、失礼します」

「ああ、悪いな」


さくらはしずしずと椅子から立ち上がった。
そして、ドアの方へ向かって歩きだし、議長席に座っている小狼の前を通り過ぎようとしたその瞬間。

「・・・(ふらっ)」

「おいっ?!}

目の前のさくらが急によろめき、体が傾いた。
小狼は、反射的に抱きとめる体勢をとろうとした。
・・・が、実際には小狼は立ち上がることさえできなかった。
なぜなら、その両膝の上には、すでにさくらのお尻が乗っていたからだ。

「ちょ・・・っっっ!!!」

「・・あ、ごめんね・・なんかめまいが・・・」

ストンと自分の膝の上に落ちてきた、やわらかくてほとんど重みを感じないモノ。
だが、小狼の鍛えぬいた大腿筋は完全に硬直してしまい、動かすことはおろか、それをはねのけることなど到底出来ない。

さくらは、わざと眉間にしわを寄せながら、薄眼をあけてチラリと小狼の顔を盗み見た。
いつも力のある眼が、点になっている。
さらさらの髪の毛が、逆立っている。
ポーカーフェイスが、赤くなったり青くなったり。
・・・思ったより効いてるみたい。

さくらは調子に乗って、ぐったりと上半身を小狼の肩にもたれかけた。

「立ちくらみ・・かな・・・貧血かも」

「ひっ、ひんけつ?」

小狼は、さくらの腕をどかそうとしていた手をぱっと止めた。
貧血などという、いかにも女の子がなりそうな病名を持ち出されては、邪険に「どけ」とも言えない。

小狼の頭を抱えるように腕を置き、そこに顎を乗せたさくらは、小さくペロっと舌を出した。もちろん小狼からは見えないのだが。


「おい。李って、いつも他人の仮病をすぐ見破るよな」
「うん、顔色とか血のめぐりとか気の色でわかるって、わけわかんねー」
「俺、このまえ球技大会の練習サボろうとしたら即バレだった」
「けどさ・・・」
「木之本さんの場合だと・・」

誰が見ても、さくらは仮病だ。
失礼だが、ひどいダイコン役者だ。
しかし小狼は・・・

「だ、だいじょうぶかっ。とりあえず、ここをどけ・・・いや、動くな、そのままで!」

ふうう〜と、わざとらしいためいきをつくさくらの全身の重みを感じながら、小狼の両手はなにをなすべきか分からず、わきわきと空をさまよっている。


「最近のさくらちゃんをあなどってはいけませんわ、李君」

遠くから双眼鏡で見ていた知世が独り言のように呟いた。
おそらくはっきりと認識しているわけではないだろうが、さくらの攻撃は、小狼の弱点を確実に突いている。
しかも。
お年頃になるにつれ、それなりの武器にちゃんと進化させているようだ。

「・・・オホホ」

さくらちゃんがお誕生日を迎える毎に、ただ天使のように可愛らしく成長していると思っていたら大間違いですわ!


「おーい、仲が良いのもいいけどなァ」
「時と場所をわきまえてくれたまえ、李小狼君」

「ちがっ、これはっ、ほんのアクシデントでっ」

こんな醜態を見せては、これから行う会議の進行に支障をきたす。
小狼は、真っ赤になりながら、さくらの身を起こそうと肩を押し返そうとした。
が、さくらはここぞとばかりに「ふにゃ〜」と悲しそうな弱り声を出した。
漫画のようなわざとらしさに、周囲の者もひそかにプッと吹きそうになったほどだ。

「はっ」
しかし小狼は、その声を耳にした途端、押し上げていた手の力を緩めた。小狼の中では、さくらの容態安定が最も重要なことだ。具合が悪い者を無理強いはできない。
その結果、さくらの体は小狼の頭に支点を移し、今度はその額あたりで、さくらの胸を支えるというなんともうれし恥かしい格好になってしまった。


「・・・あーん、うごけないよお〜〜〜〜」
「〜〜〜〜!!!!」

ガキン

「・・・あーあ。今度こそ固まったか」
「李小狼、撃沈だな」
「あんな顔色が良い貧血なんていねぇだろ。俺でも分かる」
「しかし、なんか・・・」

大丈夫か、とか、しっかりしろ、とか言いたいのだが小狼の鼻や口はさくらの胸部で塞がれている。
その思考は、苦しさよりも別の事で占められていた。

---なんだこいつ。
さくらのやつ、いつのまに、こんな・・・。
・・・こんな・・・。

小狼は意識が遠くへ行きかけた。





「「「「なんか腹たつ!!」」」





周囲のやっかみや怒りがピークに達したと同時に、さくらはようやく気がすんだのか、いきなりぱっと小狼の膝から飛び降りた。

「ほえ?良くなったみたい。ごめんね、小狼くん」

にこにことすっきり顔のさくら。
小狼は、顔を赤くさせたまま、酸欠状態であっけにとられている。
「???」
「じゃあ、今日はわたし先に帰ってるね」
みなさん、お邪魔しましたーとかわいくお辞儀をして場を離れていき、やがてドアをバタンと閉めて行ってしまった。

「な・・なんなんだ、あいつ。・・・ったく人騒がせな」

やっとのことで強がりを言った小狼は、初めて、上級生たちに周りをすっかりとり囲まれているのに気付いた。
もっともその理由には気付いていない。

「どうしたんですか、みんな席についてください」

最終的な詰めを始めましょう、と言いかけたところで一斉に襲われた。

「敵は骨抜きになっているぞ。今がチャンスだ!」
「コンニャロウ、堂々とイチャイチャしやがって!」
「どこでさくらちゃん支えてんだよ。ここか。このデコか」

「な、なんだ!?」
実際、全身が虚脱感や疲労感で支配されていた小狼は、やたらガタイのよい暴徒たちの攻撃を防ぎきれない。
さくらと同じ体勢で、小狼の上にドカドカと乗っていく汗臭い男たち。
小狼の断末魔の叫びが、校舎に細く長く響いた。

 



「あっ、知世ちゃん。待っててくれたの?」
「お見事でしたわ、さくらちゃん」

えへへ、見てた?とさくらは頭に手をやった。
知世は笑顔で、さくらにハイと鞄を手渡した。

「小狼くんのお膝に、思いっきり乗っちゃった。ちょっと痛かったかなあ?」
「いいえ、まだまだ手ぬるいほうですわ」
「そうかな」

本当に、まだまだ手ぬるい。知世はそう思った。
自分の独占欲のために、さくらちゃんをないがしろにするなんて。
けれど今頃は他の者が小狼に思う存分制裁を加えているはずだ。

「小狼くんのアタマ、熱くて湯気がでそうになってたよ」
「まあ。それはそれは」
「怒ってたのかな」
「いえ別の湯気だと思いますわ」
「別?」
「はい。・・・あっ、あそこ。まだ桜が散らずに残っていますわ」

ほんとだ!とさくらは笑顔になった。
小さな公園のすみっこ、小さな桜の木にまだピンク色の花びらが風や移りゆく季節に耐えて必死にしがみついている。

「私・・・さくらちゃんが大好きですわ」
「わたしも知世ちゃんが大好きだよ」

さくらは知世の手を握り、微笑みあい、その桜のほうへ軽やかに一緒に駆けて行った。


おしまい☆      





    

作者名:じいま(管理人)

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作者様のコメント:
チェリダン開催中に、電車の中で見た萌え風景より。
部活帰りっぽい高校生の男の子の膝の上に、OL風の足の綺
麗なお姉さんが、停車時のゆれでよろめいて、ストンと座っ
ちゃったのですよ!
そのお姉さんは、ごめんなさいと言ってすぐに降りてしまっ
たのですが、男の子はびっくりして赤くなってて。で、回り
の友達から一斉に頭叩かれたりしてからかわれてたの。
近くで見ていた私は、口を必死で押さえてました。
これつかっちゃる!!小狼さくらのネタにしちゃる!!
ただそれだけの小話でした☆